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熊本地方裁判所八代支部 昭和25年(わ)237号 判決

被告人

木本一一

外四名

弁護人

野尻昌次

検察官

野田英男関与

主文

被告人等をそれぞれ懲役六月に処する。

但し本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中証人服崎春雄、同松本猛に支給した分は全部被告人小泉の負担とし、その余の部分は全部被告人等の連帯負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人木本一一、同三宅民夫、同山口一生、同服崎俊雄(以下被告人四名とあるときは同人等を示す)は何れも八代市福正町千四百四十八番地十条製紙株式会社八代工場(以下十条製紙八代工場とする)の従業員で、同会社労働組合八代支部(以下八代工場労組とする)の組合員で被告人木本の職場は動力課電気室、被告人三宅の職場は勤労課事務室、被告人山口の職場は設計工作課事務室、被告人服崎俊雄の職場は原質課第一調成室であり、被告人小泉陽春は水俣市新日本窒素肥料株式会社水俣工場(以下日窒水俣工場とする)の従業員で同工場労働組合(以下日窒水俣工場労組とする)支部長、熊本県労働組合会議議長、同県化学闘争連絡会議の責任者の地位にあつた十条製紙八代工場では昭和二十五年十一月七日同工場長中島繁次郎の名で、八代工場労組支部長松田博宛共産党員及び共産主義者の同調者にして、重要産業の従業員たるの自覚を欠き破壊的又は煽動的言動を以て事業の正常な運営を阻害し或はその惧れある者があるが工場は経営者として自らの社会的責務遂行と企業防衛のため、右のような危険分子を企業より排除する必要に迫られ、被告人木本、同三宅、同山口、同服崎外一名を右該当者として解雇する。解雇方法としては勧告の形式を採り、昭和二十六年十一月十日迄に、退職願を出さないときは同月十一日を以て解雇されたものとする、退職金は期日迄に退職願を出したときは規定の退職手当と解雇予告手当相当額との外平均賃金二ケ月の特別加給をする、期日迄に退職願を出さないときは右特別加給はしないことにしたから組合もこれに協力するよう申入れ、他方被告人木本、同三宅、同山口、同服崎外一名に対してはそれぞれ口頭及び書面で右の旨通告し、同時に同工場は職場の秩序維持のため、同人等に対し、同月七日十六時以降同工場構内及び会社施設内に許可なくして立入ることを禁止する。但し退職の申出、退職金、未済賃金の受取り、私物の持出、会社貸与品の返還の場合に限りその申出があれば同月十日迄の間の午前八時から午後四時迄の間を限定して立入を許可する旨通告した。而して右立入禁止については各職場に印刷物を廻し、又事務所前の掲示板及び正門前に掲示しその旨一般従業員に衆知せしめた。而して同月七日午前十時より会社側の右申入に基き緊急整理に関し会社側と八代工場労組との間に団体交渉が行われたが、妥結に至らず、組合としては同工場内で合同職場大会を開きこれより先同月五日八代工場労組で右のような緊急整理を見越して、開かれた八代市太田郷小学校での組合総会の解雇絶対反対の決議を再確認し、更に翌八日午前八時組合長以下組合員で解雇通告を受けた者を守り、スクラムにより工場正門を突破し、各職場に就かせる旨決定し、次で同組合執行委員会では右決定を実行に移すこととした。被告人小泉はかねてレツドパーヂについては日窒水俣工場労組と八代工場労組とは共同闘争をすることになつていたのみならず同被告人が右労働組合の上部組織である熊本県労働組合会議議長、同県化学闘争連絡会議の責任者の地位にあつた関係もあつて同年十一月八日午前七時頃前記八代工場正門前に到り八代工場労組の前記意思決定を知りこれが遂行方を演説を以て激励し、ここに被告人等は相互に意思相通じ、当時正門前に集合した約百名の組合員が、前記組合の決定を実行することを認識しながら、同日午前七時五十分頃前記工場長の立入禁止の指示を無視し、正門の向つて左側小門をその内側にあつて工場長の命により右指示を実施すべく警備していた二十数名の警備員の阻止を排し「ワツシヨイ」「ワツシヨイ」の掛声の下、組合員のスクラムと共に右小門を押開け故なく不法に工場長中島繁次郎の看守する前記工場建造物に侵入したものである。

(証拠略)

(被告人及び弁護人の主張に対する判断)

第一、被告人木本、同三宅、同山口、同服崎及びその弁護人の主張の要旨は

(イ)  被告人四名は本件発生の十一月八日当時は尚十条製紙八代工場の従業員であり、その地位において同工場に入場する権利と義務を有するものである。従業員の職場入場を使用者側において禁止することの当不当は国民の基本的権利として憲法が保障する労働権との均衡の上に立つて考えねばならない。即ち入場禁止はその必要性と正当性とを具有する具体的な特別の理由の存する場合に限りこれを為し得るもので単に使用者の主観的恣意表想によつて為し得るものでない。かく解しなければ解雇や組合活動に対する干渉妨害となる不当労働行為も名ばかりの口実による入場禁止の通告により容易且合法的にその目的を達し得ることになり、これを禁止した法律労働協約等を空文化することになるからである。然るに本件において為された工場長の立入禁止は客観的に見て必要性と正当性とを具備した何等特別の理由を根拠としたものでない。従つて当時従業員であつた被告人四名に対し工場立入を禁止する法律上の効力を持つものでない。

(ロ)  仮りに工場長が右の場合に管理権の行使として従業員に対し工場立入禁止をすることが出来るとしても本件にあつては次のような理由により権利の濫用である。即ち、被告人四名に対する前認定の条件附解雇は単に共産党員又はその同調者なりとする抽象的理由のみで何等就業その他につき解雇の理由とすべき具体的な理由を示していない。しかのみならず組合員解雇の場合は労働協約により工場協約運営委員会で協議を遂げなければならぬことになつているのに本件にあつてはその手続を経ていない。以上実質上及び手続上の両面から見て本件解雇が無効であつて正面からする尋常一様の方法では到底実現することが出来ないという見透がついていたので不当な管理権の行使、警察権の利用により被告人及び労働組合に弾圧を加え、よつて被告人及び労働組合の活動を制圧し因つて被告人等を退職の已むなきに至らしめるか、或は不当解雇の効力を実質的に発生維持せしめようとする手段に出たもので右は明らかに管理権の濫用であつて無効のものである。

(ハ)  以上何れも理由がないにしても、被告人四名の加入する労働組合が被告人四名に対する不当解雇に反対し、これに対する団体交渉を有利にするため、組合員の組合意義を昂揚し、組合員の団結を強固にする目的から組合の決議乃至合同職場大会の決議に基いて為された組合活動である。しかも本件行動は使用者の為した入場禁止に対する正当且最も穏当適切な労働者側の対抗手段である。使用者側の用いる工場閉鎖に対する労働者側の実力入場に準すべきもので器物損壊、暴行行為の伴わなかつた本件では正当且妥当な組合行動であつてこれこそ労働組合法第一条第二項に所謂正当な行為であつて罪とならない、

というにある。

第二、被告人小泉及びその弁護人の主張の要旨は、

(イ)  本件当時被告人小泉は八代工場労組の友誼団体である日窒水俣工場労組の組合長、十条製紙八代工場労組の加盟する熊本県労働組合会議の議長、同じ関係にある熊本県化学共同闘争連絡協議会の責任者の各地位にあつて、右議長或は責任者としては右両組織がその規約、組織結成の趣旨からして常に加盟組合の事情に応じ、その組合活動に積極的に協力すべき職責を負つていた関係にあつたのみならず、日窒水俣工場労組の組合長としては、右労働組合と十条製紙八代工場労組とは既にレツドバージの予想された昭和二十五年十一月五日予想される人員整理には共同闘争すべきことの協定が成立していたので十条製紙八代工場内にある同工場労組事務所には自由に出入することができたのでこの点同労組組合員と全く同じ地位にあり従つて工場長の専断で同人の入場を拒否することのできないのは第一の(イ)の場合と同様である。

(ロ)  仮りに管理権の作用として工場長が被告人小泉の入場を禁止出来るとしても、被告人小泉の本件入場は前記(イ)に述べたような地位と経緯により且八代工場労組支部長の承諾の下に、右労働組合の当日組合行動の第三者としてではなく行動員の一員として参加したのであつて右行動が第一(ハ)の如く正当である限り被告人小泉の入場も違法性なきものである。

(ハ)  被告人小泉は入場後工場広場まで進み、組合事務所に這入つただけで、その他工場建物又は工場事務所には這入つていない。かゝる程度では刑法第百三十条の住居又は人の看守する邸宅、建造物侵入とはいわれない。

というにある。

第三、以上の外被告人等五名又はその弁護人は本件所為は正当防衛或いは緊急避難に当る行為であると主張する。

以上について判断する。

昭和二十五年十一月七日十条製紙八代工場長から被告人木本、同三宅、同山口、同服崎に対し為された条件付解雇予告の書面(中島繁次郎作成の申入書写、同人名義解雇通告書案同人より被告人山口に発した内容証明郵便)によれば同月十日迄に同人等が退職願を出せば円満退職になることが明白であるが、同人等は何れも本件発生当日の十一月八日迄は退職願を出さず且右解雇の通告に関し会社側と十条製紙八代工場労組とは団体交渉が為されたが、組合としては右解雇を承認せぬまゝ十一月八日に至つたことは前認定の通りである。而して退職願も出されず又労働組合との妥結もつかぬまゝ十一月十日を経過した場合十一月十一日を以て当然解雇されたものとする会社側の一方的意思表示が法律上有効であるかどうかは、しばらく措き本件事件発生当時被告人四名が十条製紙八代工場の従業員であり同工場労組の組合員であつたことは認めることができる。而してかゝる段階に於て八代工場長の被告人四名に発した右工場立入禁止の意思を無視して同工場に入場した前認定の被告人等の所為を不法の侵入と解した根拠は次の通りである。

わが国法においては使用者側における生産手段の私有及びこれを鉱業化する企業経営権、労働者側における労働権及びこれを守るための団結権は両者何れも同等に生産機構に欠くべからざる基本的権利として労資双方に対し保障しているところである。即ち一方わが憲法第二十八条以下労働関係法規が労働者の団結権及び争議権を保障し他方憲法第二十九条は私有財産の不可侵性を明定し、民商法以下の法律により私有財産制度を確立している。しかし如何なる権利にでもその権利の本来の目的手段を逸脱することにより自己と相接している他の権利を犯すことになる行使即ち権利の濫用は禁止せられるところである。而して使用者の生産手段の私有及び企業経営権と労働者の労働権及び団結権とは生産機構の二大支柱として協議すべきものであるが、反対に最も近接するものであるが故にまた磨擦を起す機会も多い。しかし如何なる場合でも一方が他方を侵害してはならないのである。

そこで本件について考えるに、先づ十条製紙八代工場長の為した前認定の立入禁止は被告人四名に対し前認定のような理由で条件付解雇通告を為すと同時にかゝる予告を受けた同人等の工場内立入は企業の秩序を紊す惧あるものとして発せられたものであるが、会社側としてかゝる態度に出でたことは企業を防衛する観念に立てば已むを得ないところでこの処置は社会通念上許されるものと思惟する。何となれば、会社の右解雇予告の法律上の効力如何、解雇に関する団体交渉の成行如何が右被告人四名の労働権に及ぼす影響は重大なるものがあると思うが、右立入禁止により被告人等が受くる制限は就労権についてのみであつて労働権の中に含まれると考えられる労働賃金請求権等その他の権利は少しも制限を受けることなく、これに反し同人等を立入させることにより受けるものと想像される企業経営上の損失は遙かに大であるといわねばならない。工場長の本件立入禁止は企業権の行使として適当な措置であつて、被告人及び弁護人主張のように不当又は権利の濫用とは解せられない。

次に被告人等の本件入場は組合の決議による組合活動であることは認められるが、組合活動であれば如何なる目的のためにも又如何なる方法によるも正当視されるものではなくその目的又は手段において自ら一定の制限がある。前認定のような事情の下において前認定のような目的方法により多衆の威力を示し以て使用者側の阻止の意思抵抗に関して実力を以て工場内に侵入することは適法な範囲を逸脱したもので労働組合法第一条第二項に所謂正当の行為といわれない。従つてこの点に関する被告人及び弁護人の主張も失当である。

被告人等は本件所属を正当防衛又は緊急避難に当る所為であると主張するが前掲各証拠に照しこれを認めることができない。

更に十条製紙八代工場は当審の検証調書(図面三葉を含む)の記載証人大川英雄に対する前記証人尋問調書によるも塀により囲繞せられ、特に製品工場としてその出入は厳格であつて出入門は看守をおいて監視されていたことが認定されるので人の看守する建造物といわれるので、この点に反する被告人小泉の弁護人の主張は許容し難い。

弁護人は本件公訴は刑事訴訟法第三百三十八条第四号の規定に該当するもので、判決を以て公訴を棄却せらるべきものである。即ち形式的には公訴提起が有効になされているが、本件公訴は憲法第二十八条ポツダム宣言第十項極東委員会第十六原則、国際憲章労働組合法第二条等の規定に違反する無効のものである、又本件所為は組合決議に基く正当な行為であるからこの点からも本件公訴は無効であると主張するが右は何れも刑事訴訟法第三百三十八条第四号の定める理由に該当しないから弁護人の右主張はこれを採用しない。

(法令の適用)(略)

(裁判官 青山友親)

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